観光ガイドのジジ〜「モモ」を読みました。(4)

              ミヒャエル・エンデ 作 大島かおり 訳   岩波書店

 さて、今日は、モモのもう1人の親友を紹介する。

 前回紹介した道路掃除夫ベッポは小柄で無口なおじいさんだったが、こちらはハンサムな陽気な若者である。なによりも対照的なのは口から生まれてきたのかと思うようなおしゃべりであること。

このおしゃべりがジジのメシのタネである。「観光ガイド」といっても、資格とかもっているわけではない(日本では必要みたいだけど)。モモのいる円形劇場跡は観光地としてそんなに有名なわけではなく、なにか学術的に重要というわけでもない。それで、観光客も大体素通りしてしまうのだが、たまに、迷い込んでくる観光客がいる。
 すると、ジジがやってきて、デタラメ話を吹聴する。話が終わった後、いつも持っている帽子を差し出すと、観光客がコインを入れてくれるのである。
 もちろん、これだけでは食べていけないから、みやげもの屋やらなにやら、たくさんの仕事をする。今でいうフリーターといったところか。
 いつか有名になり、大金持ちになるんだという夢を持っているが、どうやってなるかはあいまいなままである。

 この「観光ガイド」に文句をつけるものもいる。こんなデタラメで金もらっていいのか?と。
 ジジは反論する。詩だって物語だって、つくり話だろ?それに学者の話だって作り話かもしれないし。だいたい、あんたはその時代生きてた?生きてないだろう、だったら本当かもしれないじゃないか。
 さすが、口から生まれてきた男である。

 ジジはモモが居合わせるときは、いろいろな話が次から次へと湧いてくるのに気付く。今までは同じ話を焼きなおししたり、映画や本から拝借してきた。しかし、モモといると、次から次へとインスピレーションが湧く。そういう聞き方ができる子なのだ。このモモという子は。

 円形劇場跡を大きな水槽に見立てた、よくばりな女王様と金に変わる魚(結局変わらなかったのだが)の話も面白いし、地球の台に見立てた話なんか、発想の転換の大技である(これは「観光」の話としては大きすぎて失敗したが)。

 「聴く」才能のある女の子、無口なおじいさんとおしゃべりな若者。
 この三人は妙な取り合わせに見えるかもしれない。しかし、実は共通点があると虫は思う。
 三人とも、自分なりにコミュニケーションに誠実なのだ。これに対しては、モモと道路掃除夫ベッポはともかく、観光ガイドのジジにはあてはまらないという反論も考えられる。しかし、ジジの言うとおり、ジジの話は「嘘」ではない。ジジは本当にそう感じたのだから、そういう意味では「本当」である。ベッポは、意図しないでいった「嘘」も「嘘」に含めるほど、「本当」つまり「真実」の定義が厳格であるのに対し、ジジは、単純にそう感じたり、考えたことも「本当」=「真実」に含める。かなり広義の解釈をとる。「お話」に対して、ジジは誠実に真剣に行う。子どものころ、「ごっこあそび」に対して真剣に対処したのと同様である。
 考えてみれば、本当か嘘かを決めるのは難しい。誰だっていつでも正確な知識で正しいことだけを言えるわけがない。それこそコンピュータではないのだから。(そのコンピュータだって、入力如何で嘘もつく。結局道具にすぎないのだから)
 よくネットの世界でも、「ググれ(カス)」(中にはヤフーでググれというよくわからないコメントもある)などと言われるし、ネットが普及する前は図書館の百科事典で調べたらなどと言われることもあった。
 ま、無知な人にいちいち説明するのは面倒だという事もわかるが、ある程度の基礎的な知識がないと、ググっても適切なサイトかどうか判断できない人もいると思う。
 だから、ググればわかるはず、とか、調べればわかるはず、といった理由で人の無知丸出しのコメントを非難するのはどうかと思う。こういう人はベッポ式の「真実」を採用しているのだろう。自分のにも適用しているかは疑問だがすくなくとも他人の発言に関しては。
 あ、今思ったが、他人に対してはベッポ式、自分に関してはジジ式(だってそう思ったんだもん)を採用する人が多いのではなかろうか。
 しかし、ベッポもジジも、この点に関しては、誠実であり、自分に関してと同じく人を扱う。
 実際、ベッポはジジを非難したことはないし、ベッポを頭がおかしいのなんだのと言わない唯一の人がジジであった。この二人は、お互いの違いは認識しつつ、よく相手を理解していたのだ。

 考えてみれば、コミュニケーションの重要な部分はこの三人を論じれば足りる。

 まず、聴く力(モモ)。
 必要な時にだけしゃべる。できるかぎりの信実を相手に合わせて(ベッポ)。
 必要とは関係なく、自分の内なる物語を話す(ジジ)。

 これを三角形とするなら、その真ん中あたりに、適切なコミュニケーションがあるような気がする。