悪(ワル)になりきれない悪人〜「マクベス」を読みました。

             シェイクスピア 作   木下順二 訳      岩波文庫

「なんだあの血まみれの男は?」

 シェイクスピアの劇作は皆そうだが、有名なので、知らず知らずあらすじを覚えてしまう。この冒頭の方に出てくる有名なセリフなんて、あまりにいろいろなところで引用を耳にした。

 さて、あらためて読んでみる。

 シェイクスピアは、昔、「リア王」を読んだが、それ以来である。あ、あとハムレット・・・読んだけどあまり覚えていない・・・。

 その時も感じたが、戯曲というのはけっこう読みにくい。自分が舞台演出やら衣装やらを考えなくてはいけないし、けっこう肝心な場面が省略されている。「マクベス」でいうなら、実際に王を殺した場面が省略されている。そこも想像力で補わなくてはならない。
 読み始めると適度な描写によってひきこまれ、想像力が羽ばたく小説と違って、戯曲は想像力をフルに使うことが要請される(というか演劇界と関係ない一般人は読まないことを期待されているのだろうか・・・)。

 SFが苦手なことも関係あるのかもしれないが、意外と想像力がないのかもしれない(新奇な設定を想像するのが面倒である)。とりわけ、怖いのが苦手なので、怖いことには想像力を使いたくない・・・。

 う〜ん。弱点補強のために、逆に読んだ方がいいのかもしれない。


 ◇   ◇    ◇

スコットランドの将軍、マクベスは、戦場で勝利をおさめて帰ってくる途中、3人の魔女に会う。魔女たちに、勝利を言い当てられ、「いずれはスコットランド王に」などと言われて、ダンカン王を殺そうかな・・・と思い出す。

 この男、「王を殺してスコットランド王になるぞ!」と自分で思うならともかく、三人の魔女にそそのかされただけなので、へなちょこで悪(わる)になりきれない。
 奥さんにやいやい言われて、何とか殺したはいいが、偽装工作・・・といわれても「も〜死体のそば戻るのヤダ!」とだだっこぶりを発揮する。ヘタレである。

 そんなマクベスをガミガミ言って、気の強い悪い女のイメージが強いマクベス夫人だが、後半「どうしよう!洗っても洗っても血がとれないの!」なんてセリフがあるところを見ると、やはり良心のかしゃくはあったようである。
 彼女も実は、そんなに悪(ワル)にはなりきれない。

 マクベスで本当に悪いのは、そそのかす魔女たちぐらいかもしれない。

 思わせぶりなセリフで結末を暗示したり、シェイクスピアは上手い。手だれである。こういうストーリーテラーになじんでいるから、イギリス人は小説を書くのが上手いのかなと思う。
 アメリカの小説は、スリリングな展開でごまかしてあるな〜なんて思うこともあるけど、イギリスの小説は、基本的に上手だと思う。文章力がある。
 ディケンズやオースティンのような普通小説でもそうだし、推理小説でも、クリスティなどそうそうたるメンツがそろっている。「羊たちの沈黙」のようなグロテスクな、「現実的」なのはアメリカがいいかなと思っていたら、ヴァル・マクダーミドを読んで(この人のは、羊たちの沈黙と重なるような女性捜査官もいる)、そうでもない・・・と思った。やっぱりイギリス人は、上手いんだな、小説を書くのが・・・。

 マクベスの心の葛藤が、なんか上手い。どうせ悪いことするなら、悪(わる)になりきればいいのに、中途半端に悩むもんだからグダグダである。
 でもこうやって、周りに流されて、悪いことしているのだけど、どうも悪(ワル)になりきれないという小心者は、多いのではなかろうか。
 悪人(犯罪者)の中には、生まれつきとしか思えないくらい、「良心」が欠けている人もいる。そういう人が悪いことをしないのは、ただ見つかってひどい目にあわされるリスクがあるからであり、見つかるおそれがないとなれば、どんなことも平気でやる。映画「カリフォルニア」のなかで、ブラッド・ピットが演じていたのもそんな連続殺人鬼である。こういう人もごくまれにいる。
 しかし、たいていの人が、マクベスのように「人に言われたから」とか「つい、魔が差して」といった衝動を抑えきれないという自分の弱さのために犯罪に手を染める。犯罪者の大多数はこれである。とりわけ、麻薬の常用やアルコール中毒のために飲酒運転をしたなんて場合は自分の弱さそのものしか責めるべきものはない。
 そういう人は悪(ワル)になりきれない人がほとんどである。

 そうしてみると、マクベスみたいな人はそこらへんにうようよいる。虫だって、めぐり合わせが悪ければそちらにいっていたかもしれない。(これから行くかもしれないが)
 ハムレットといい、マクベスといい、なんかウジウジした感じの主人公が多いのがシェイクスピアだが、大多数の人がそんなんであることを計算して、「売れる」大衆演劇を書き続けたシェイクスピアの計算勝ちなのかもしれない。