自分狩り〜「暗殺者」(下)を読みました。

                         ロバート・ラドラム   山本光伸 訳   新潮文庫

 ボーンが殺し屋カインらしい・・・

 下巻の冒頭で、合衆国政府情報部中枢(ホワイトハウスやら何やら)が出てきて恐るべきことを語る。

 カルロス同様有名な、殺し屋カインなるものは存在しない。
 カルロスをあぶりだすために、情報部が仕掛けた架空の人物である。実際に起きたいくつかの事件を被せて噂を流し、カルロスをあぶりだすために作り上げたのだ。
 カインの役をするボーンは、ヴェトナム戦争末期のメデューサ計画の志願者から選ばれた。敗色濃厚なアメリカ軍が後方かく乱を狙って、スパイを育て上げる計画だそうだ。
 
 しかし、実際のジェイソンボーンは情報将校によって殺されている。

 とすると、カインでなければ、ジェイソン・ボーンでもない、自分は誰か?ここでまた最初の問題に戻ってくる。

 しかも、しかもである。カルロスは殺し屋というだけではなく、多くの部下をかかえたちょっとしたスパイ組織を持っている。その部下が情報部に浸透し、カインがジェイソン・ボーンであることをかぎつける。カルロスは全組織をあげて、その男を追っている。

 他方、情報部も、記憶喪失後のボーン(仮)の行動が読めない。裏切りの可能性とこの作戦を秘密のままにするために、やはりボーン(仮)を抹殺することにする・・・。

 ◇   ◇   ◇

 そして、ボーン自身は絶望する。自分は殺し屋なのか・・・。

 はじめから感じていたフラッシュバックに加えて、ヴェトナム帰還兵が悩むPTSDも発症し、ヴェトナム戦争当時のフラッシュバックが彼を苦しめる。

 虚空に満ち・・・・虚空から降りかかる死。暗闇ではなく、目のくらむような陽光。より深い暗闇へと追い立てる突風の代わりに、静寂とジャングルの悪臭と・・・河岸。そしてその静寂を破って聞こえるかん高い鳥の鳴き声と、すさまじい飛行機の爆音。鳥・・・飛行機・・・目もくらむ陽光をつっきっての急降下。爆発。死。若者と幼子の。
 やめろ!ハンドルから手を離すんじゃない!眼前の道路に意識を集中し、よけいなことを考えるな!いくら考えたところで、結局は堂々巡り(どうどうめぐり)になり、苦痛が増すだけのことなのだ。

 次第にマリーと深く愛し合うようになる。
 だが、自分がカインという殺し屋だと思い、マリーを危険に巻き込みたくないと別れを切り出すボーン。

 すると意外なことを言われる。
 あなたは殺し屋などではない。
 もし殺し屋だったら、それほど深く人を思いやり、相手を危険にさらしたくないからと別れを切り出すだろうか。
 私はあなたと知り合って間もないが、あなたの行動から、あなたがどんな人かは判断した。
 その判断によれば、あなたは殺し屋などではない。

 意外なことに、マリーの方が、ボーンを知っていたのである。

 そして、「殺し屋」というのは植え付けられた記憶であり、おそらく偽装ではないかというのである。
 その通り。彼は「殺し屋」カインになるべく、全てを捨て、ジェイソン・ボーンという名前を使っていた何者かなのだ。実に素晴らしい推理力。

 結局もとのさやにおさまり、こんな会話をする。

「あなたはかえる。わたしが王子様にしてあげるわ」

 ◇   ◇   ◇

 
 ボーンは、カインへのなりすまし作戦だった、「トレッドストーン計画」を一緒に行い、ボーンを情報部員「ボーン」として話す同僚と話しをし、マリーの推測があたっていることをさとる。

 それから、カルロスの組織の中継役をみつけ、組織に揺さぶりをかける。たった一人で、カルロスを殺すトレッドストーン計画を続行しようというのだ。その過程で、フランス人老将軍の知己を得て、協力してもらう。

 カルロスへのゆさぶりが功を奏し、ボーンはたった一人で組織に乗り込み、カルロスと対決する。マリーを安全なところに置こうと旅行するように指示する。


 ◇   ◇    ◇

 しかし、マリーはボーンが裏切ったわけではなく、記憶喪失を患ったことを伝えに、単身情報部に乗り込む。それを聞いた男が、何とかボーンの暗殺指令(ボーンを殺すほう)止めようとするが間に合わない。

 一方でボーンはカルロスの側近を次々と殺し、カルロスと対決するが、一足違いで逃げられてしまう。怒りをたぎらせたボーンは、抑えてきた凶暴な衝動に身を委ね、彼を救いにきたCIA局員までころそうとしてしまう。

この最後のシーンに思わず目頭が熱くなった。

「きさまたちは敵だ!皆殺しにしてやる!本気だってことがわからんのか?!おれはデルタだぞ。(ボーンの暗号名)カインはチャーリー、デルタはカイン!それだけ聞けば、十分だろうが?おれはおれであって、しかもおれじゃない!ちくしょう、くそったれめ!やってこい!もっと近くにやってこい!」
 その時、より冷静で深みのある別の声が聞こえた。「彼女を連れて来い。ここへ連れてくるんだ。」
 かなたのサイレンの音がしだいに高く大きくなり、やがて唐突(とうとつ)にやんだ。暗闇があたりをおおい、間断なくおしよせる波が夜空へとジェーソンを運んでいく。しかし、それもつかの間のことで、彼は再び地上へと、底なしの暴力の世界へとつきおとされる。彼は限りのない無重力界・・・つまり記憶の領域に足を踏み入れていた。爆発音が夜空を満たし、暗黒の水面に炎の王冠がそそりたつ。

 と、ぶ厚い雲の裂け目から日光がさしこむかのように、女の声が聞こえた。
ジェーソン。あなた。わたしだけのあなた。わたしの手を握って。しっかりと、ジェーソン。もっとしっかりと、あなた。」
 暗闇とともに平穏が訪れた。


 考えてみれば、ジェーソンだけではない。誰もが皆、自分自身を発見しようと毎日あがいているのだ。

 「自分探し」といった題名をつけようと思ったが、そんなのんびりしたものではない。暗殺者集団やCIAから次々に刺客が送られているジェーソンにとって、自分自身を狩り、見出すことは、至急の命題なのだ。

 「自分探し」を後回しにすると(虫もそうだが)後悔する。これは、至急の重要事なのだ!
 だから「狩ろう」


なお、の本名はデービッド・ウェブ。ヴェトコンにタイ人の妻と子どもを殺されたウェブは、メデューサ作戦に志願する。そのとき、裏切り者を発見し、殺した。そのヤク中の裏切り者の名前がジェーソン・ボーン。

やはり映画より面白い。読み始めたら、止まらなくなるので、ご注意を!