知識を持つことと知ること〜「とびらをあけるメアリー・ポピンズ」を読みました。(1)

              P・L・トラヴァース  林容吉 訳   岩波少年文庫

 メアリー・ポピンズシリーズ。
 これは三作目のようだ。
 イギリスには、子どもの面倒を見てくれるナニー(乳母)という職業がある。子育てというのは誰にでも大変な仕事だから、ありがたい助っ人である。TV番組で、ナニーがしつけがなってない家を訪問して矯正するというのを見た事があるが、良いナニーは子どもを甘やかさず、しっかりとしつけてくれて、貴重な存在である。
 メアリー・ポピンズはナニーで、バンクス家の子供達の面倒を見ている。彼女のまわりは不思議なことでいっぱいである。ガイフォークスデーの花火から飛び出してくるし、トイグリーさんの家ではオルゴール(ただし日本と違ってかなり大きな物のようだ)の上に乗って回る。
 バンクスさんのところの上の二人、ジェーンとマイケルの二人は、その魔法に毎回大喜びである。

た・だ・し、マイケルは毎回うっかり、花火から飛び出したよね(事実飛び出したし)とか、オルゴールの上でまわったよね(これも事実)とか、指摘してしまう。

 そうすると、メアリー・ポピンズにとんでもない無礼を働いたかのように怒られるのである。「そんなことするわけがないでしょう!」みたいな。いや、さっきしてたけど〜?

 イギリス人も本音と建前を使い分けるんで、子どもに教えているような気がしないでもない。

 ま、隠すことによって、魔法の価値が上がる気もする。

 ◇   ◇   ◇

 トイグリーさんは生まれつき、願いがかなうとい性質がある。5月3日の後の、三度目の雨降りの日曜の後で初めての新月の日に願い事をすれば7つまでかなうという。

 うらやましい・・・と思いきや、たいしたことない願い事で使い切ってしまう。たとえば、マイケルとジェーンに「何か食べ物をお出しできればいいのですが・・」でピーチクリームを出しちゃったり・・・。

 願いごとがかなうという危険は、「猿の手」というホラーにもあるが、けっこう恐くもコミカルにもなる題材である。そういうときは慎重に願い事をしなくてはね。

 トイグリーさんは、オルゴールなどをつくるのが仕事。

 誰にでも、その人固有の音楽があるという。・・というわりには、マイケルには「ロンドン橋が落ちる」、ジェーンには「オレンジとレモン」とポピュラーな曲ばかりだが。どちらも、マザーグースである。

人ばかりではない、木にもゆっくり成長する音があるとトイグリーさんは言う。

 森羅万象、固有の音楽があるのかもしれない。

 人は様々な音楽を聞くことを好む。

 好きな音楽というのは、自分にぴったり合う、自分だけの音楽を探す過程なのかもしれない。本来、人は誰でも自分だけの音楽を持っていて、様々な曲を聞いていく過程で、自分の音楽を発見するのかも。

 ◇   ◇   ◇

 “A cat may look at a king”

 ネコも王様を見るというのは、英語のことわざ、あるいは常套句のようだ。

 ある時、何でも知っていると思っている王様がいて、絶えず、考え事をしては、様々な知識を身につけていた。

 百科事典のように様々な知識をたくわえており、その知識を増やすのに忙しかった。

 昔からこうだったわけではなく、お妃様に「そなたの瞳は星のようだ」と言って星を見上げたら、いつものようにまた、お妃様に目を戻すのでなく、「あの星はいくつあるのだろう」と言いはじめたときから、王様は変わってしまったのである。

 お妃様は王様の横で寂しい思いをし、わずかに、昔からいる老人である大臣や若い小姓が慰めてくれるだけだった。

 そこに、一匹のネコがきて王様を見た。

 「ネコは当然、何でも知っている」と当たり前のように言った。・・・まあ、なんというか、知っている雰囲気はあると思う。

 そこで王国をかけ、ネコと王様の知恵比べがはじまった。

 それぞれ3つずつ質問し、答えられなかった方がまけ。

 王様の質問を3つとも、ネコは軽くいなし、ネコの質問は王様はわからなかった。
すると代わりに、大臣、小姓、お妃様が答えた。この三人は賢かった。王様より。

 王様は知識はあっても、それを「知って」いなかった。

 とりわけ「この世で最強のものは?」と聞いたネコに対し「忍耐」と答えたお妃様、これはその通りだと思う。

 王様はネコの瞳をじっとみつめ、そこに自分の本当の姿を発見した。自分は「賢い王様」ではない。

 王様は、そのショックでやたら知識をかきあつめることをやめ、陽気に楽しく暮らすようになりましたとさ。

 面倒が嫌いなネコは王国を返して、そのかわり、お妃様に会いに来るようになった。

 王様の名前はコール(マザーグースに、コールの王様陽気な王様(虫の意訳)というのがある)

 ネコはマイケルの持っている陶器のネコでした。

 メアリー・ポピンズの話。