アイルランド人論〜「とびきり可笑しなアイルランド百科」を読みました。

              テリー・イーグルトン(著)  小林章夫(訳)      筑摩書房


 アイルランド人、もしくはアイルランド系というとどういったイメージをお持ちだろうか。

 きわめておおざっぱに言えば、当然ながら白人で、赤毛、もしくは黒髪が多く、身体が大きい人が多い。酒飲みで、気性が荒く、社交的。センチメンタルなところもある。宗教はカトリック

 アメリカに大量に移民しており、警官に多い。マク・・とかマ・・・とか、オ・・・ではじまる名前が多い。


 そんなところか。

 アメリカにはアイルランド系の人が多い。この本にもあるが、アイルランドで大飢饉が起こり、食べられなくなった人たちが、アメリカにたくさん渡ったという事情があるからだ。

 今、ちょっと調べた。ケネディ大統領は知っていたが、レーガンクリントンもそうだったのか。007シリーズのピアーズ・ブロスナン、インディ・ジョーンズシリーズのハリソン・フォードジョージ・クルーニージュリア・ロバーツなどなど。こうしてみると、アイルランド系の感じがつかめる気がする。そういえば、ハリソン・フォードが出ている映画で、IRAのテロリストと対決するのがあったな・・・。


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 今、書いていて、けっこうアイルランドアイルランド人について、知っているのに驚いた。まだある。聖パトリックというのが、アイルランド守護聖人で、彼がはじめて、アイルランドキリスト教(その当時はカトリックしかないので当然カトリック)を布教した。聖パトリックが上陸した岩が残っている。聖パトリックはついでにアイルランドから蛇をなくした。そのためか、パトリック(男)、パトリシア(女)というのが、アイルランドでは最も多い名前だそうである。
 
 英米の小説には、アイルランド系はよく出てくる。警官が多いというのはさっき書いたが、そうでなくても、「風とともに去りぬ」の南部紳士たちはほとんどアイルランド系である。映画化され、主役を演じたヴィヴィアン・リーを見た事ある方も多いと思うが、あの緑色の瞳は、いかにもアイルランド系だ。ついでに言えば、タラの土地を愛する・・・というか、土地に執着する気質もまさにアイルランドのもの。
 そういえば、映画「ホーム・アローン」はごらんになったか。あの家族も、名前がマカリスター、お母さんが赤毛で、子沢山、典型的なアイルランド系である。カトリックでは、避妊を禁止しているためか、アイルランドは、他のカトリックの国と同様に大家族が多い。


 アイルランドについての知識(ま、偏見も含む)を確認しようと思い読んでみた。もちろん、日本人と同様、アイルランド人も色々である。そういった例外が多いことも踏まえて、やはり、愛すべき人たちだな・・・と思う。

 まず、アイルランドが独立国であるということを知らなかった・・・。いや〜失礼をば。イギリス、イングランドとは、別の国なのですな。

 そして、アイルランド人はやはり酒飲みだった・・・。植民地という現実をわすれるためのうさばらしという面はあるが。もっとも、お酒を飲まない人も30%ほどいる。
「ギネス」は日本でも有名である。

 アイルランドといえばカトリックと思っていたが、プロテスタントもわずかながらいることが判明した。とはいえ、アイルランド人の95%がカトリックの洗礼を受ける。
 そして、アンケートによると、アイルランドカトリックの95%が、「神を信じる」と言っているらしい。残りの5%が何を信じているかは謎である。カトリックだよね?
 
 北アイルランドでは「あなたはどちらの足で穴を掘るか?」と聞かれる。こちらはプロテスタントが多く、アイルランドとはまた別である。
 カトリックは右足で、プロテスタントは左足で地面を掘るといわれているのだ。これは、アイルランドで使われていた、踏み鍬の種類に由来するらしい。
 ある時、観光客が、やはり「プロテスタントカトリックか?」と聞かれた。
「私は無神論者です。」と答えると、さらに聞かれた。
「だとしたら、プロテスタント無神論者か、カトリック無神論者か。」
 えっとー・・・。

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 アイルランドは貧しい国である。

 現在でも、EUの中では、ギリシャ、トルコについで貧しい。西ヨーロッパで、唯一の第三世界の国・・・のようだ。

 アイルランド人の主食はじゃがいもである。

 アイルランド料理などというものは、なきに等しい(と書いてある)。じゃがいもと魚で工夫をこらしたものだ。

 虫は、アイリッシュ・シチューをアイルランド料理とばかり思っていたが、英国で、アイルランド人労働者のために発明されたらしい。ラム肉などの入ったあっさり味のシチューである。

 そのじゃがいもが不作となり、大飢饉になった。1845年から49年にかけてのことである。これをイングランド人による、アイルランド人の大虐殺と見る向きもある。そういった人は、IRA(アイルランドの愛国的テロリスト集団)のシンパになることが多い。わざと殺したかどうかはともかく、イギリス政府の対応がまずかったことは確かなようである。食料貯蔵庫をつくりながらそれを閉鎖したり、飢饉が終わってもいないのに、終わったと宣言するなど、非常にマズい。アイルランド人が恨むわけだ。二つの国のみぞは深い。そうでなくても、イングランドの植民地として搾取されてきているわけだし。


 この大飢饉は、あるものをアイルランドから奪った。

 何かといえば、アイルランド語ゲール語)である。

 ゲール語だけを話す人達が、この大飢饉で死ぬか、海外に移住した結果、ゲール語だけを話すアイルランド人がいなくなってしまったのである。

 これ以降、アイルランド人は基本的に英語を話すようになり、ゲール語を話すことは貧しさと結びついて、「かっこ悪い」と思われるようになったのである。

 ゲール語の復興運動もあったが、アイルランド政府は学校で「教科」として学校で教えるという過ちを犯したため、そんな退屈なものに子どもたちは興味を示さなかった。表現力は豊かだが、難しい言語である。

 もっとも、ネイティヴ・スピーカーはいなくなったが、ゲール語の単語をおしゃれのために使ったり、人の名前につかう人は多いそうである。
 英語でいう、ジェームズはシェイマス、ジョンはシェーン、(古い西部劇にそんな名前があった)、ジェーンはシェネード、メアリーはモイレ、ウィリアムは、リーアム。そういえば、リーアム・ニーソンて俳優がいた。

 あの大飢饉のせいもあり、アイルランドは、非常に移民の多い国である。1840年代から1960年代までにアイルランドを離れた人の数は600万人にものぼる。

 国内に住むアイルランド人より、海外に住むアイルランド人のほうが、はるかに多い。アイルランドで生まれた人の三分の一以上が海外でくらしている。

 どちらかといえば、虫がアイルランドの事を知るのは、そういったアイルランド系の人々の感傷のなかの故郷である。

 アイリッシュ・パブで、アイリッシュ・ウィスキーを飲みながら、「ダニー・ボーイ」を酔っ払いのおやじとは思えないようなきれいなコーラスで歌いだす瞬間、一度も見た事のない、「緑なす地」アイルランドへの郷愁が胸をかきむしる。アイルランド出身というわけではないが、なんかうつる。

 ダニーボーイを思いながら死んでいった父親の愛情のようだ。

 ちなみに、虫はこの歌詞の登場人物を恋人かと思っていた。調べたら、親というのが定説らしい・・・、日本では母親とする人が多いそうだ。だから、2番で死んじゃうのか。恋人も、ありえなくはないけど・・・。

 もちろん、それは美化されたアイルランドであり、アイルランド人は未だにキルトをはいているわけでも、バグパイプをふいているわけでもない。妖精もいない(残念!)。

 「そういう」アイルランドを輸出してはいるが・・・