被害者の周囲の人達の心理〜「深夜のささやき」を読みました。

        スティーヴン・グリーンリーフ  佐々田雅子訳  ハヤカワポケミス


 〈私立探偵ジョン・タナーシリーズ〉

 電話は便利なコミュニケーションツールであるが、場合によっては電話をかけることも「暴力」になりうる。
 殊に用もないのに何度もかけたり、無言で切ったり、妙な音楽を流したり、する場合である。いわゆるいやがらせ電話だろう。

 今回ジョン・タナーの秘書ペギーはいやがらせ電話を受ける。

 しかも、単なる「いやがらせ」とは思えない。人のプライベートな性体験を根掘り葉掘り聞き出す。明らかにプライヴァシーの侵害である。

 せっかく、私立探偵事務所に勤めているのだから、タナーに相談すればいいのにと思われるが、しない。(別の私立探偵には相談するけど)

 被害者にありがちなのだが、被害を受けたことが、あたかも自分の欠点のように思ってしまったのだ。それに被害者が犯人に協力的になってしまうことも実はよくある。典型的なのは、銀行強盗に捕らわれた人質が、犯人に協力するいわゆる「ストックホルム症候群」である。

 とりわけ、いやがらせ電話は性的羞恥心にターゲットを絞ったものであり、考えようによっては、肉体的な性暴力より悪質である。

 ペギーは仕事上犯罪にかかわってきたので、被害者に対して逆に軽蔑したり、被害者を責めるような言動が一般的であることも知っていた。そういった気持ちを恐れてタナーに相談しなかったのである。とりわけ、もう一歩で深い仲になるかも・・・という微妙な状態だったため。
 相談した別の探偵のルーシー(さばけた女丈夫である)の言うとおり、あと一歩というところの方が、実際にあった場合よりよくないのである。


 ペギーは独力で犯人を推理し、もうやらないと約束させる。なんと、タナーの事務所のお隣さんで、タナーはペギーの安全のために、見張ってもらったり、わざわざ盗聴器をつけてもらったりしたのだ!ちょっと〜〜。

 ペギーは自宅のマンションで階段からつきおとされるという暴力をうけるが、これは、その嫌がらせ電話とは別の犯人だった。そっちはタナーがつかまえる。

 ペギーにいやがらせ電話のことを聞いてから、なぜかペギーを責めようとする気持ちに気付き、それをさしひかえようとするタナーの葛藤が描かれている。不合理とはわかっていても、そういう気持ちになるのだ。犯罪を遠ざけたいという気持ちによるのかもしれない。「男の身勝手」と自分で分かっているのだ。

 このタナーは弁護士だっただけあり、ハードボイルドの私立探偵にしては、かなりのインテリである。だから心理分析にもたけていると思う。

 それでは。