大・爆・笑!〜「盲目の理髪師」を読みました。

         ディクスン・カー  井上一夫=訳  創元推理文庫


 今、虫は猛烈に反省している。

 今までの日記を振り返ってである。

 安易に「面白い」なんて言葉を使い、逆に読者に伝わらなくなってしまった。特にサイモン・ブレットの諸作品やクレイグ・ライスについてである。

 もう一度、定義する。

 「面白い」というのは、涙が出るほど笑い転げて、机(机で読んでいる場合)や床(寝転がって読んでいる場合)をバシバシたたいたという意味である。2,3ページの間には絶対そんなところがあるという意味である。電車で読んでいると笑いをこらえきれず、周りから変な目で見られるという意味である。「うひひひ」なんて声がはしたなくも、もれてしまうという意味である。

 「興味深い」とか「学術的好奇心をそそる」といった意味では決してない。

 虫がよく行く本屋や図書館で、ディクスン・カーの本は薄くホコリをかぶっていて、あまり読まれたり買われた形跡がない。

 また、もちろん、虫もテレビでお笑い番組もよく見る。ゴールデンタイムに放送されているのだから、皆見ているのだろう。

 しかし、はっきり言うが、「爆笑」なんて名前のついている番組でも、カーやライスの半分も面白くない。これは番組が悪いのではなく、カーやライスやブレットが桁外れにおもしろいのだ。そりゃ、テレビもクスッとは笑える。
(しかし、最近はなんか作品の質が低下していてクスリとも笑えないようなのもある)
 でも、まあまあ。

 だから、カーを読むのだ。笑えるよ。笑いの波状攻撃で、妙なテンション芸をしちゃ、笑い(おそらくは、やらせ、録音)を待ってる、「お笑い番組」が物足りなくなるよ。「お笑い」を名乗るところしか笑えるところがないのとかあるしね。

 それでもテレビ番組のほうをみんな見るのは、宣伝がいいからである。そこで今回は、虫がカーの宣伝をしよう。

 今回は、笑えるところを、特に紹介する。筋書きや作者紹介はパス。笑えるところも多すぎて、紹介しきれないができるだけ。

★★★

 「みよや、かたがた!異教徒どもじゃ!いでや、見参(けんざん)!しゃー!」

 と叫ぶは金色のヨロイに真っ赤なマントをかぶったシャルルマーニュ大帝。周りは貴族どもに囲まれている。
 舞台の反対側は、ムーア人の大帝で、これまたムーア人に囲まれている。
 その後、ムーア人なぞ、わがフランスには用はないからとっとと出てけ!という趣旨の演説。
 これに対して、ムーア人の皇帝も、演説を返す。「何をぬかすか〜」という趣旨。
 
 その後がお楽しみの戦闘シーンである。フランス人もムーア人も入り乱れての大激闘。最後はフランスの勝利。

 実はこれ、人形劇。しかし大きな人形で、一体は50キロほど。手押し車にのせて動かす。

 男の子達は、この戦闘シーンに大興奮。人形は手押し車からほうりだされ、ほこりをまきちらし、剣を振りまわす。

 最後の勝利の後、フォータンブラ老人(この劇団の団長)はフランスの栄光について、一席弁じるが、男の子たちは何をいっているのかわからずに大喝采

 昔の紙芝居、歌舞伎などももともとはこんなだったのかもしれない。昔の戦いを取り扱っているところが、平家物語の琵琶法師のようだ!

 こういう、チャンバラごっこはお好きだろうか。インディアンごっこは?おもちゃの弓矢を手にこっそり忍び寄り、えばりくさったおじさんやおばさんのお尻に矢を見事に命中させるのは、お気に召すだろうか。あるいは、演説をした政治家が腰を下ろそうという時に、椅子を引いて、ドスン!としりもちをつかせるという男の子らしい茶目っ気のあるいたずらは?

 虫は大好き。

 永遠の男の子、それがカーである。別名義のカーター・ディクソンもそう(名前を逆にしたたけ)。男の子、小学校低学年ぐらいの男の子がする遊びや、やりそうないたずらを、大真面目に書き続けているのだ。いいかげん、大人になったら、なんていうヤボは言いっこなし。また、子どもに戻って、一緒にいたずらを楽しもうではないか!

 これは、豪華客船が舞台なのだが、豪華客船で一番偉いのはもちろん、船長である。

 その船長を、間違ってだが、頭をぶんなぐり、気絶させてしまう。この話の主人公たちである、作家のモーガン、外交官のウォーレン、上に紹介した人形劇のフォータンブラ老人の姪で世話係のペギー・グレン、ヴァルヴィック元船長(人の良いノルウェー人で、ホイッスラー船長をフナムシと呼ぶ)である。この4人組が主人公である。

 しかも、船長が持っていた、船の客からの預かり物の貴重品、エメラルドの象のネックレス、ものすごい値打ち物で、大金持ちのスタートン卿から預かったものを、テキトーな船窓に投げ入れて、なくしてしまう・・・。投げ入れたのはペギーで、カイル博士という有名な外科医の船室だったというが、出てこないのだ。違う船室だったかもしれないが思い出せない。(ちょっと、お、おじょうさん)


 また、さらに液状殺虫剤「ピッシャリ2号」を入れた電灯つき殺虫スプレー「人魚」(すごいネーミングである)の宣伝を頼まれ、実物をいじっていると・・・、どうしても止まらなくなり、止めるボタンがみつからない。電灯をつけるボタンはわかったのだが・・、シュー!という見事な流れが、ホイッスラー船長の顔に見事命中したのである!(ボタンをいじりだしたのはウォーレン)

いや、ほんとに。止め方がわからなかっただけですってば!わざとじゃないんです!

 それを証明しようと、さらにデタラメのボタンを押すと、この裏切り者、止まったではないか。

 ぶんなぐられて、ネックレスをなくされるわ、殺虫剤を顔面に浴びせられるわ、船長、さすがにショックを受ける。(「そいつは気が違っているんだ!わしを毒殺しようとしおった!殺人狂だ!」「わしはいまだかって、こんな迷惑をかける人間をわしの船に乗せたことはないぞ。わしは、あんたがた四人をみな殺しにしてもいいくらいなんじゃ!」)

 これが起こったのは船長の自室。いかに勇気あるゴキブリも、今後何ヶ月かは船長の持ち物に近づかないこと、うけあいである。

 このエメラルドの象だが、どうしたわけか、スタートン卿のもとにひょっこり戻る。それを聞いてすっかり機嫌を直した船長、こんなことをペギーに言う。

「それより、わしの忠告のほうが肝心じゃ。いいかね、おじょうさん、殺人というものが行われれば、わしの経験からすると、だれかしらかならず死んだ人間がおるものじゃ。」

 ・・・この忠告・・・内容うすっ!

★★★

 さてさて、このエメラルドの象だが、もう一度、殺虫剤スプレー事件以来船倉に閉じ込められていて、戻ってきたのを知らないウォーレンが、持って来る。「取り戻してきたぞ!」と誇らしげに。

 それを、モーガンとヴァルヴィック船長とで、取り戻してきたというカイル博士の部屋に戻そうとしていると、ホイッスラー船長につかまってしまう。盗みの現行犯で。
 機転をきかせて、船長から逃れたものの(船長、またまた痛い目にあう)、エメラルドの象は持ったままである。これを返さなくては。

 他方、ペギーは、フォータンブラ老人をお酒に近づけないように、大奮闘である。自分は気付けにウィスキーを2,3杯くいっとするが・・。これから公演がせまっており、お酒を入れてはならない!のであった。

 しかし、姪の目を盗んでは、バーに出入りする老人。見つかると「風邪を引いての・・」とわざとらしく咳したりする。

 この老人、以前、酔っ払ってそこらへんにキーをさしっぱなしで駐車してある車のキーを回収し、どこか塀の向こうに投げ入れた前科があるのだ。
 「あのときは、自動車の鍵だけで実害はなかった」とペギー・グレン嬢は言うが、おおありだと思う。

 最後に、この話だけはしなくては・・・。

フォータンブラ老人、周囲の酔いをさます努力、酒から遠ざける努力にもかかわらず、完全に酔っ払ってしまった。
 それで、何をしたと思われるか?
 
 ちょっとその前に一応解説すると、豪華客船のサービスは、一流ホテルのサービスに似ている。部屋の外側に靴を置いておくと、それを磨いてくれるのだ。

 フォータンブラ老人、まず、返すつもりで置いておいたエメラルドの象のネックレスを身につけた。
 次に、部屋の前に置いてある靴を全て回収し、一足の靴の片方を舷窓に、もう片方を海に投げ入れた。非常にまじめくさって、数を数えながら・・・。
 彼は最後に、追手の目の前で、エメラルドの象を海に投げ込む。

 それから、パタッと倒れて安らかにいびきをかきはじめたのだ・・・。

 そこらへんで寝たとか、ケンタッキーのカーネル・サンダース人形を道頓堀に沈めたとか、酔っ払いの話はいろいろある。これは最強に笑えると思ったが、あるいは虫の思い違いかもしれない。