人生は旅だ。よい旅を!〜「クールランニング物語  ジャマイカ・ボブスレーチームの軌跡」を読みました。

        ネルソン・クリスチャン・ストークス(著) 有沢善樹(訳)  NHK出版


 

  We're coming in,coming in,coming in
  Coming in from the cold  


ジャマイカが生んだレゲエの巨匠、ボブ・マーリーの歌詞が冒頭にかかげられていた。

 翻訳もあったけど、英語の歌詞の方が何か伝わりそうな気がして。直訳すると、私達は、寒いところから入ってこようとしてくるみたいな。

 COME IN をひいてみたら、入ってくる(まんま)、加わる、登場するとあった。

 日陰の寒いところから、陽のあたるところへ、栄光の場所へ、オリンピックに参加しようとしているというところか・・・。もっとも、この場合は、常夏の暖かいジャマイカから、カナダや長野の寒いところに行っているわけだが・・・。


 このボブ・マーリーには資金あつめパーティーで、ボブ・マーリーを歌って盛り上げたり、本番前の勇気付けに聞いていたりと、いろいろ助けられているようだ。

★★★

 ところで、映画「クールランニング」をごらんになったであろうか。虫は見たので、この本が気になりちょっと読んでみた。

 あらすじは、有史以来一片たりとも雪がふったことのないジャマイカで、ボブスレーチームを結成し、カルガリーオリンピックに出場したという実話に基づく。

 この本の作者は出場したときのメンバーの1人、クリス・ストークスである。兄のタル・ストークスが、四人のりのドライバーを務めた。一番前に乗って操縦する役目である。
  自らの経験も語りつつ、ジャマイカボブスレーチームの成立から現在にいたるまでの歴史を述べている。

 ちなみに、映画「クールランニング」を見たことも書かれている。あの大ヒット映画は、ジャマイカボブスレーチームの資金づくりに随分と貢献しているようである。

 よく考えて見ると、本当にすごい話である。熱帯の国ジャマイカで、ボブスレー選手を育てるとは!肉体的には、陸上選手としてはそれなりにやってきて、身体の基礎はあるものの、実際にめちゃくちゃスピードが出るソリに乗るのは、また別の問題である。

 自転車に乗れる方ならその乗り始めに何度か転んだはずだ。身体を慣らす期間がいる。自転車でさえそうなんだから、ましてや、ソリにおいておやである。「ボブスレーに乗る」だけでも、何百回もの練習が普通はいる。ジャマイカの選手たちは、その4分の1で乗れるようになる必要があった。

 それに、ジャマイカは、貧乏国・・もとい発展途上国である。ボブスレーの購入や資金集めに苦労したのは映画でも触れている。

 これらの障害を打ち砕いたのは、想像力の力である。意志の力である。

 イメージトレーニングである。

 何度も、氷上で滑るイメージトレーニングをして、実践的なトレーニング不足を補ったのである。

 ま、妄想ともいう。

 クリスは、陸上の選手だったが、タルに呼ばれていきなりオリンピックに出場する。

 このとき、自分がどんな無謀なことをやらかそうとしているのか知っていたら決してできなかっただろうという。その通り。
 「知識は力なり」と俗に言う。実は、知識があるより無知の方が強い場合がある。
 それをするのがどれほど大変なのかを知らない場合である。

 ボブスレーについて、知識を得た現在の方ができないかもしれないとのことである。

 とはいえ、無知が強いのは、それが、熱意によって裏打ちされている場合である。


★★★

 映画で、ボブスレー選手を募集する際、ボブスレーを知ってもらおうと、フィルムを上映したという場面がある。会場一杯に様々な陸上選手(なんといっても陸上がお家芸のジャマイカである)があつまった。

 ところが、フィルムの内容は、旧式のソリが転倒して大ケガをする場面ばかり。実際、そのスピードはFIレース並みだというから、危ないことこのうえない。

 それを見て肝をつぶした選手たちはこっそりテントをたたんで逃げていった。映画では、フィルム上映が終わって残ったのは、選手に加わるジュニアただ1人だった。

 実際にも、メンバー募集の際、そういったことがあったようである。実際にジャマイカボブスレーチームを作ろうと思いついたのは、アメリカ人であった。タルや、クリスは陸軍に所属するスポーツ選手として、「貸し出された」ようである。

 これは、「ボブスレーをやってみよ〜かな〜」程度の欲求ではなく、「絶対にボブスレーをやりたい!」という熱望を持つ者をよりわけるためだった。ジャマイカボブスレーをするならそれぐらい意志の力が必要なのだ。もっともボブスレーに限らない。

 クリス氏はこういう。

 成功の源にあるのは、願望である。それはスポーツの世界やビジネスの世界、学術界、さらには恋愛関係にもつながる真理だ。求める成功が大きいほど、この真理はぴったりあてはまる。・・・

(この後、ビジネスや就職の例がでてくるが、虫の考えでは一番適切なのは、よく言われる言葉である。すなわち、「レースに勝つのは一番速いものではなく、一番勝ちたいとおもった者だ。」実力+強い意志であろう・・・もしかしたら、実力 × 強い意志かもしれない)

 スポーツコメンテーターは「強い思い」と表現するが、つまりそれは、具体的に言えば、成功した企業、人物、そして勝利チームの方が敗者よりも強い願望を持っていたということに他ならない。ゲームの参加者は勝ちたいと思うだけだが、勝利者は勝ちたいと熱望するのである。何かを熱望するというのはただ欲しがるのではない。ずっと強く願うのである。何かを欲しがるだけでは偉業は達成できない。人は映画に行きたいと思い、本を読みたいと思い、アイスクリームを食べたいと思う。あるいは、人はもっと普通でないものも望む。スカイダイビングがしたい、本を書きたい、転職したい、そして、オリンピックのボブスレー選手になりたいと思う。


 しかし、欲するだけでは、人生は楽かもしれないが、ただの傍観者で終わるほかない。なぜならそれでは簡単に手に入るものしか得られないからだ。欲することは頭で思うことであり、熱望は頭ではなく心で感じることだ。欲することは行動をうながすことであり気持ちを動かすことではない。欲することは途中であきらめることもできるが、熱望は、自分ではどうにもできないほどの強い思いだ。私達は欲求に従って日常生活を営み、熱望によって非日常的な成功を手に入れる。そして、生命力のない欲求を、熱い血の通った熱望に変えてくれるのは情熱である。


 雪なんか一片も降らないジャマイカで、ウィンタースポーツ選手としては例のない黒人が、ボブスレーをするなんて、しかもオリンピックに出るなんて、不可能だと思った人は大勢いた。

 彼らは全員間違えていた。カルガリーでは、予選を突破したが映画と同様にクラッシュしてしまった。しかし、アルベール、リレハンメル、長野、ソルトレーク冬季オリンピックに出場。2000年には、世界プッシュ選手権で優勝を果たしている。ジャマイカボブスレーは根付き、大きな果実をみのらせたのである。

 このように、一見不可能に思えたことを実現したのだから、「不可能」はない!というのではないかと虫は思ったのだが、そんなことは言っていない。

 もちろん、人間のできることには限界がある。

 しかし、何が不可能かは(特に実行する前は)、わからないようになっている。

 だから、不可能はないものと仮定し、実行するしかない。

少なくとも、やる前には「不可能はない」と思うべきということであった。

 COOL RUNNING!は「よい旅を!」と祈る言葉である。心の底から熱望する、一見不可能とも思えることがあれば、是非参加し(Come in)、やってみよう。もとい、真の熱望であれば、やるしかない。そして、その場合失敗という言葉はない。必ず別の方法での挑戦を続けるからだ。

 旅路は険しいかもしれないが、得るものは大きいのではなかろうか。