善意の恐ろしさ〜「地獄の湖」を読みました。

  

 「地獄への道は善意で敷き詰められている」ということわざが英語圏にある。

 まったくその通り。善意の施しほど、おそろしいものはない。とくにこの話を読めば、善意の押し付けは、つるつる滑る氷の湖のようなものであり、地獄への道へ一直線だということがわかるだろう。

 会計士の主人公マーティン・アーバンは、サッカーくじにあたった!

 この棚ボタを、彼は恐ろしいことに、半分「困っている人」にあげ。半分は自分のものとすることにした。

 これは絶対によくない。

 まず、彼は、「困っているかどうか」を、階級や噂で決めている。

 イギリスは階級社会である。(日本だってそうだと思うが、それはおいておく)

 主人公は、父親の代からの公認会計士中流の上のほうであろう。それ以外の登場人物は労働者階級である。

 階級が違うと行動様式や嗜好が異なる。だけど、それが、経済的に困っているかどうかということとは無関係なのだ。例えば、教師は中流とみなされ、配管工は上層労働者階級である。しかし、教師は安月給のわりには拘束時間が長い。家まわりの工事にどれだけぼったくられるかご存知ならば、どちらが金持ちかはすぐにわかる!

 階級というのはライフスタイルや好みの問題である。例えば、上流はポロや競馬やテニスを好む。下層は、ボーリング、サッカー、卓球を好む。いずれもスポーツであることには変わりない。上流はタイムズを読み、下層はサンを読む。新聞には変わりない。

 主人公は自分が上層の方の家庭の出身であることに気付いていて、後ろめたさを感じていたに違いない。これは大きな間違いである。どの階級の人であれ、人としての価値には変わりがない。
 上層中流階級の出身者は、よく、自分を抑えて、下層の人に合わせようとしたりする。しかし、階級がちがうと、ライフスタイルなども違うから、同化するのは困難であり、結局孤独を感じる。階級の移動というのは難しいのだ。
 この主人公は違うが(親の代からだから)、公認会計士や弁護士や大学教授など、階級が上昇したものも、やはり同じである。

 階級なんて無視したいが、なかなかそうもいかない。

 おっと、とにかく、主人公は下層階級の見知らぬ人に家の購入資金として提供する。これは「家を購入すべき」という(会計士らしい堅実さ)意志を相手に押し付けることであり、好ましくない。

 そんな大金をいきなり手にすると相手の人生も狂ってしまう。これを辞退した教師夫婦は賢明である。

 そんなおしつけがましい「善行」は実に危険である。どうしても「良い事」をしたいのなら、ちゃんとした慈善事業に出資すべきであった。(税金も控除される。この人会計士のくせにそんなことも考えていないのだ!)


★★★

 この著者のルース・レンデルにはウェクスフォード警部シリーズがある。それと同じくらい、ウェクスフォード警部シリーズでないものを書いている。(ノン・シリーズ)

 この本はノン・シリーズの一つであるが、ノン・シリーズには一つのパターンがある。お話が二つはじまり、全くべつのお話が交互に同時平行する。しかし、最後に運命のいたづらで両者がであい、それがちょっと衝撃的な結末になる。

 これから紹介するのは、だからもう1人の主人公、フィンである。この男、はっきり言ってキモい。

 見かけも、アルビノ(白子)のように色素がなく、肌もまっしろ、髪も色の薄い金髪で、目の色素も薄いため、なんか石をひっくりかえすとはいでてくる白い虫みたいである(本にはここまでかいてない。あくまでも感想)。
 考えていることも、通りすがりの人を念力で動かそうとかそんなことばかりである。アホか。
 飲み物はパイナップルジュース一辺倒である。

 しかし、なんといってもキモいのが、その職業、殺し屋である。表向きは雑用係だが。

 お母さんのリーナと暮らしているが、このお母さんも、振り子占いに凝っているし、オーラがどうのこうのなんていう。
 頭がおかしい。
 
 あ、そういうのに凝ってるからじゃなくて、精神分裂病なのだ。診断されている。

 もっとも、正気の境界を越えてしまったのは息子が最初に人殺しをするところを見てしまったためである。最初に殺したのは、リーナの友達で、親子をおいてくれた女性である。

 そして、死んだらリーナにこの家をあげると口癖のように言っていた。

 それもあって、フィンは殺したのである。殺すことを悪いと思っていない。なにしろ、生まれ変わりを信じていて、別の人生に送り出しているだけなのだそうだ。

 もっとも、結果的には遺言なんてその女性は書いてなく、逆に追い出されてしまったのだが・・・。なんか抜けている。

今日も彼は、地上げめあての強欲な大家にたのまれ、その店子の年配女性を殺す。お風呂の事故にみせかけるつもりだった(便利屋なので鍵を持ってる)が、挙動を怪しまれて、手っ取り早くレンチで殺してしまった。

 これをお母さんに知られたら、また、病状が悪化して暴れだすかもと悩む。新聞で人殺しの記事を見るたびに「これってアンタのしわざ?」と聞かれるのである。一計を案じて老眼鏡を壊し、新聞を見られなくする。だから事故に見せかけるつもりだったのだが・・・。

★★★

マーティンは、花屋に花を配達される。そして、配達人の女性、フランチェスカと恋におちる。

何度はデートをした後、フランチェスカは人妻で、子供までいることがわかる。夫は作家と新聞に書いてあった。道ならぬ恋というわけだ。

 それでも、マーティンは当たりくじの自分の分の半分で、フランチェスカに彼女の名義でアパートまで買ってやる。結局全額人にあげたことになる・・・。

 しかし、これには裏があった。

 そもそもマーティンがサッカーくじとかったのは、友人の新聞記者ティム・セイジが予想したのを送ってきたのを買ったのである。日本のTOTOと同じで、試合の結果を予想するヤツだと思う。だからティムに何割か払おうかとも思った・・がやめた。

 フランチェスカとティムは同棲していたのである。実際の夫はとっくに別居中。どこにいるかも知らない。

 ティムがフランチェスカをつかって仕組んだのである。面白いのはティムが好みそうな(言い換えれば中層上流の男が)「純朴な」女性を演じさせたこと。実際のフランチェスカはさばさばした気持ちのいい労働者階級らしい娘さんである。マーティンと父親が楽しそうに税金の話をしているのを聞きながら退屈で死にそうである。


★★★

 二人の道が交差したのは、マーティンの母が昔リーナを掃除婦に雇っていて、「ひどい暮らしをしている」とマーティンに教えたことにはじまる。マーティンは「慈善活動」を母親に打ち明けたのだ。

 フィンに慈善を申し出る。フィンは受けた(とマーティンは思った)。

フィンは殺人の依頼かと思ったのだ。奇しくも、殺人の依頼を受けるときの金額ぐらいである。(マーティンは自宅の購入資金として渡したつもりだった)

 それで、足がつかないように現金でくれという。マーティンは妙なヤツだなあと思いつつ、最初の半額をわざわざ銀行から下ろし、新聞紙に包んで渡す。

 その新聞紙にフランチェスカの夫の記事が載っており、印がつけてあった。

 フィンはフランチェスカを殺し、これは事故にみせかけることに成功した。

 マーティンはフランチェスカと会えないので不思議に思い、フランチェスカが隠していた実際の住所をなんとか探し出す。

 そこでティムから、罠のこととフランチェスカの死を聞かされる。

 ふらふらになって帰ったところで、フィンから彼女を殺したことを聞かされ、後のお金も要求される。

 フィンとマーティンは格闘になり、勢いあまってマーティンは高層マンションの窓から転落死してしまう。誤ちがわかって口ふさぎに殺そうと思ったら、今度は本当に事故死になった。

 くじにあたらなければこんなことにはならなかったのに・・・。

 その後帰宅したフィンは、現金が面倒だといってフィンあての小切手を書いてくれたのを忘れてきたことに気付く。間抜けな殺し屋である。