良質の歴史ミステリ〜「ダンテ・クラブ」(上・下)を読みました。

        M・パール  鈴木恵 訳     新潮文庫

 何と言ってもこの「ダンテ・クラブ」の醍醐味は、アメリカの誇る大詩人、ヘンリー・ワズワース・ロングフェローに会えることである。

 このロングフェローとオリヴァー・ウェンデル・ホームズ(法律家のジュニアではなく、そのお父さんの医師・詩人・小説家)そしてジェイムズ・ラッセル・ローウェル(同じく詩人)が、ダンテの「神曲」を英語に翻訳するクラブをつくる。これがダンテ・クラブである。

 こういった文学史に残る偉大な人物に会えるだけでも、ドキドキする。ロングフェローの詩集そのものは読んだことはないけど、「引用」は読んだ。単なる有名人崇拝とは分かっているが、やはり嬉しい。それに、イギリス人のアルフレッド・テニスンや森の生活のエマーソンなども出てきて、嬉しくなってしまう。

 時は南北戦争直後。場所は、ボストンのハーヴァード大学である。ホームズとローウェルはハーヴァード大学の教授でもあった。

 ところが、まだ英語に翻訳されていない、そのダンテの「神曲」の中の地獄の責め苦そっくりの連続殺人事件が起こる。

 地獄の責め苦だけあって、想像するだに恐ろしい殺し方である。生きながらうじ虫などに食わせたり、裸で足だけつきだして埋められ、足に火をつけられたり。

 ダンテを知っている人は限られているはず。そこでこの3人は犯人探しを始める。

 当時のアメリカの状況がわかって面白い。ハーヴァードといえば、アイヴィリーグの中でも、もっとも難関で知られる大学である。それでも、南北戦争直後はユニテリアン派の教会と結託して、ユニテリアン派を批判したエマーソンを追い出したり、ダンテのようなヨーロッパの優れた文学を否定したり、かなり狭量だったことが分かる。

 それに、混血の警官にたいするボストン市の態度はひどいものだし、他の刑事や警察官といったら、単なるゴロツキの集まりで頼りにならない。もっとも、初期のスコットランドヤードも似たようなものだったらしい。

 後書きによると、この小説は同時期にダン・ブラウンダヴィンチコードと重なったため、売れ行きが悪かったそうである。
 虫はダヴィンチコードも読んだが、こちらの方が、より良質だと思う。
 ダヴィンチコードの宗教的な誤りをいちいちあげつらうと長くなるので止めるが、あの小説(映画も観てしまったが)の一番の問題点は、「男女平等」という現代的な考え方を、そのまま、歴史に当てはめているところである。「思想」も時代によって変わるのだから、それをあてはめるのはじゃんけんで後出しをするようなものである。
 その点、本書は、当時の差別的意識そのままであり、より、現実味がある。
 ダンテの解釈も当時そのままということであるから、なおさら素晴らしい。

 最後に、犯人探しに躊躇するホームズ医師にローウェルが引用するテニスンの言葉を結びに代えたい。


「いまのわれらは、いまのわれら。
  
  勇者の沈着は時と定めとにより衰えるといえど、
  
  志はなお固く、励み、求め、探し、屈するところなし」