奇想天外の設定の妙〜トニー・ケンリックの「三人のイカれる男」を読み返しました。

                    トニー・ケンリック   上田公子訳  角川文庫

 昔、陪審員を扱った映画で、「12人の怒れる男」というのがあった。

 この題名は、明らかにそれをパクっているが、全く関係ない。

 「イカれる」とは、イカレているという意味で、怒っているという意味ではない。あ、怒ってもいるが。

 ケンリックの小説は、毎回、奇想天外の設定で楽しませてもらっているが、これは、特にいいと思う。

 まず、3人組のリーダー格、ディブリーである。

 このディブリーが困ったはめになって、話ははじまる。場所はNYの交差点。ディブリーは車を運転している。信号が青になった。ところが、車を出すことができない。といっても、車がエンストしたわけではなく、故障もなし。ディブリーも健康である・・・記憶力以外は。
 そう、この男、この信号が青になった瞬間に、車の運転の方法を忘れてしまったのだ。普通の人なら、忘れること自体が不可能なことである。
 突発的健忘症。これは、社会生活に若干支障をきたすことが予想される。(なお、親切なお巡りさんにとりあえず運転の仕方を習い、なんとか目的地につく。長引かないのが、ディブリーの病気のいいところである。)
 
 次、スワボダ。

 小太りの陽気な男である。この男、いつも母親と行動を共にしている(これもどうかと・・・)。問題は、この母親、スワボダ以外の目には見えないことである。 
 
 最後に、ウォルター。

 おどおどした感じの小男で、誰からも馬鹿にされそうなタイプである。ところがこの男、3重人格なのである。しかも、後の2つの人格はお互い嫌いあってる。1人はマッチョな、ジェームズ・キャグニー。こんな小男が、ケンカをふっかけたりするのは、災難としか言いようがない。もう1人は・・・、なんと女で、ベティ・ディビスのような女を武器にするタイプである。(3本立ての映画の最中に生まれたためとか)

 この3人は車を共有して、精神科のクリニックに通院している。ところが、地面にあいた、でかい穴のため、この車がおしゃかになってしまうのである。
 3人は奇策を練り、NY市から、賠償を取ろうとする。
 この3人、病状から想像がつくかと思うが、電車に乗るということすらなかなかできない。それでも、お互いの障害がもたらす困難を乗り越えて、とんでもない(としかいいようのない)計画を実行するのである。

 さらに別の悪党3人組も出てくる。こちらは、ケチなチンピラだが、なぜか、この3人の計画を人づてに聞いて、別の悪い計画をたてるのだ(しかし着想は同じ)。

 とんでもない計画とは、NYの船から、高層ビルを大砲などで狙って、ホールドアップするというものだ。そのために、海軍の軍艦をシージャックする。

 9.11事件を聞いたとき、すぐこの本を連想した。海(川?)からの攻撃を、空に変えただけだからだ。

 でも、大砲で狙って、ホールドアップするのならまだわかる(比較的ね)が、飛行機でつっこむというのひどい。人命の損失が多すぎる(この本では、脅しで照明弾を打ち込むが、人払いをさせる)。それにお金にならない。テロリストというのは何を考えているのか・・・?ま、それはともかく。

 思いもかけない天の配剤によって、イカレた3人の計画は成功し、悪い3人の計画を(全く意識せず)破壊して失敗させる。めでたしめでたし。