映画「レッド・クリフ」を見て、三国志を思い出しました。

 旧友に会うのは、楽しいものである。

 例えそれが、実在の人物でなく、国やなんかが違っていたとしても旧友は旧友である。

 ちょっとした仕草や、挿話に「そうそう、この人はそうだったなぁ。」と懐かしさで胸が一杯になる。

 三国志で、数々の冒険を共にした登場人物にはまぎれもない友情を感じる。おそらく、この本で血湧き、肉踊る冒険をした者は全てそうではなかろうか。

 そもそも、この話は、劉備(玄徳)と関羽張飛の3人が、義兄弟の契りを交わすところから、話は始まる。時は後漢の末期である。確か、「新」という短い王朝をはさんで、漢の時代は500年か600年ほど続いたはずである。さしもの栄華を誇った漢王朝も崩壊しつつあるのが誰の目にも明らかだった、そんな時代である。

 この3人の若者は漢王朝の復興を固く誓ったのである。というのも、劉備漢王朝の血を引いていたからである。おまけに、仁徳に厚く、腰も低い。王様にピッタリである。こういう人なら本当に一般庶民のための政(まつりごと)をしてくれそうである。3人のうちで「長兄」にすえられたのである。
 それに、教養もあり、長〜〜いあごひげをたくわえた関羽、暴れんぼうで、力も強く、声も大きいが、まっすぐな気性の張飛、この3人が、さんざん苦労を重ねた末、蜀という国を建てるまでのお話であった。

 だから、この3人には特別の愛着がある。・・・主人公は劉備とかこの3人だよね?というのは、この三国志、この3人以外の人物の書き込みが、やたら多く、どの登場人物も生き生きしている。敵方の曹操もそうである。悪い一方ではない敵方というのは、話に深みを与える気がする。あと、薫卓(とうたく)とか、前半にいたね・・。

 比べるのは、ちょっと変かもしれないが、実は、虫は、「三国志」を読み終わってすぐぐらいに、「四銃士」を読んだ記憶がある。三国志では、(・・・・でさ〜、劉備とかはどうなったわけ?)と心の中でつっこみを入れていた。それぐらい他の登場人物(場合によっては敵)の描写が延々と続くのである。確か、本自体もかなり長く、巻数も10巻以上はあった気がする。じりじりと待たされたあげく、やっと劉備達のその後が明らかになる。これに対して、四銃士では、すぐに、三銃士か、主人公のダルタニアンが出てくる。話のテンポも早い。これもけっこう長くて10巻以上あったが、面白くてあっという間に読んでしまった。
 それで、当時は、「四銃士のほうが面白かった」という単純な感想を持ってしまった。

 しかし、今思うと、三国志の方が、人物造形がしっかりしているといえる。どの人物も、戦乱の世を、自分なりに精一杯生きたことが伝わってくる。言い換えれば、個性豊かなのである。
 これに対して、四銃士では、アトス、ポルトス、アラミスの三銃士とダルタニアン、主要な敵のリシュリュー枢機卿とミラディ以外は、「脇役」でしかない。

 ちょっとむりやりあてはめてみよう。張飛ポルトスである。どう考えても。関羽は、物静かで教養も豊かで剣の達人というところがアトスっぽい。劉備・・・うーん。この人は仁徳があるので、けんかっぱやいダルタニアンにはあまり似てない。でも、頑固で信念を曲げないところは似てるか。信仰心が厚いところだけはちょっとアラミスが入ってるな。

 映画「レッド・クリフ」の題名を聞いて、3秒後ぐらいに、「赤壁の戦いね・・・」とつぶやいた。この後半の赤壁の戦いの頃になると、3人の苦労が実り、劉備は「皇帝」を名乗れるようになっているし、後の2人は将軍である。若かった3人も、少々おじさんである。「いやー良かったねー」などと言っていられない。曹操の大軍が攻めてきているのである。

 3人の他の旧友も紹介したい。

 まず、日本人(特に歴史が好きな中年男性)に人気の天才軍師、諸葛亮孔明は別格かもしれない。「三顧の礼」をもって迎えた才人である。この人を日本人、金城武が演じていてちょっと嬉しかった。魏、呉、蜀の三国時代が、始まったのも、この人の戦略である。

 赤壁の戦いが終了してしばらくすると、劉備が死んでしまう。正直にいうと、これ以降の三国志はつまらないと思う。孔明が、幼い劉備の子を皇帝に立てて実権を握るが・・・。

 次に、趙雲
 映画の趙雲が、小説で読んだ時と同様に感じのいい人なのに驚いた(ま、驚くことではないが)。劉備の2人の奥さん(姉妹で嫁に来た)と赤ちゃんを単身助けに行くあたり、いいっすね。


友あり、遠方より来る。また、楽しからずやである。