マイケル・クライトン氏を悼みます。

 2008年11月4日マイケル・クライトン死去の悲報が入りました。

 未訳のものを除き、氏の最新作をこれ以上読めないのかと思うと非常に残念です。本当に悲しい。氏の作品で心に残るものをピックアップして、氏を称えたいと思います。

 マイケル・クライトンの作品は、どれをとっても非常に面白くて、読み出したら止められません。語り口が巧みで、サスペンスを盛り上げるという点に関しては、熟練の域に達していたといっても過言ではないでしょう。タッチが軽く、読みやすいということもあります。

 ですが、単に読みやすいサスペンス小説というのではなく、それぞれの作品のなかで、氏が興味を持ったテーマの研究成果が書かれており、それが独自の視点で結び付けられているという深みが特徴だと思います。


 例えば、大ヒット映画になった、「ジェラシック・パーク」。


 これは、最近では当たり前になっていますが当時は新しかった、「遺伝子操作」という科学技術のテーマと、「カオス理論」(予測不可能性)を独自の視点で結び付けています。

 映画だけ見た人は、マルコム(ジェフ・ゴールドブラム)が数学者である点を不審に思ったのではないでしょうか。(というか、思うべきです!)これは、映画では全く無視された、カオス理論のためです。

 つまり、遺伝子操作により、新しい種(旧い種の復活ですが)を創りだしたとしても、それを管理・支配することは、カオス理論により不可能だというのがこの本のテーマなのです。


 わりと最近読んで心に残っているのは「プレイ(PREY)ー獲物ー」です。


 読み終わった瞬間から、映画化を希望しています!これは絶対映画向き。CGをいっぱい使うことになりそうですが。

 これもナノテクノロジーという最近よく耳にする科学技術と、獲物を狙う捕食動物の生態学を独自の視点で結びつけたものです。

 でも、この本を読んだ時は全くナノテクノロジーについて聞いたこともなく、この本で初めて知りました。もちろん、ナノが、小さい大きさの単位ってことぐらいは知ってましたけど。

 最近はよく聞きますよね。テレビの化粧品のコマーシャルで、この言葉を耳にします。・・・でも、よりによって化粧品ですからね!「プレイ(PREY)ー獲物ー」の恐怖を思い出すと、買う気が失せます・・・。ほんとに怖かった。

T-REXや、ヴェロキラプトルも怖かったですけど、こちらは少なくとも実体がありました。今度はナノ単位の化け物ですから。きゃつらは、あまりにちっちゃいのを利用して、死んだ人に化けたりするんです。自動車の中に逃げ込んだ人を追いかけて、自動車の中に「浸透する」ところもありました。どのように密に思える物質(鉄板など)でも分子レベルではスキマがあるので、それより小さいナノ単位の化け物はスキマを通れるんです・・・どこに逃げたらいいんだ!


最後に「インナー・トラヴェルズ/旅、心の軌跡」は小説ではなく、エッセイですが、クライトン氏のことを一番教えてくれたものとして、心に残っています。

 クライトン氏は、ハーヴァード・メディカルスクールを卒業しました。つまり、お医者さんになる勉強をしていたのです。

 しかし医者には向いていないとクライトン氏は思っていました。虫も全く同感です。

 というのは、この本にあったと思うのですが、医学部の学生は、病院の色々な科で研修を受けなくてはいけません。ところが、クライトン氏は、例えば、皮膚科に研修に行くと、その研修期間だけ、湿疹などの皮膚の病気にかかってしまうのです。(研修が終わると治ります)精神科ではうつ病・・・といった具合です。

 感受性が強く、患者さんに同情しすぎてしまうのでしょう。

 クライトン氏監修のテレビドラマ「ER」の中でも、若き日のクライトン氏を思わせる医学生が、患者さんに、勤務が終わってからも付き添ってあげたり、死に目を看取ってあげたりしています。患者さんも同じ人間と考えて、患者さんの立場に立てるお医者さんが増えるのは嬉しいことです。

 でも、同じ病気になるのは、同情しすぎ・・・。

 クライトン氏が医師にならなくて幸いでした!おかげで、こんなにいい本が読めます。

 ところで、この本のなかで、患者さんに、「どうして、その病気になったの?」と尋ねてまわるところがあります。普通は、どうしてその病気になったのか、どうやって治すのかを教えるのはお医者さんなのですから、逆だよね・・・と思いつつ、思い切って聞いてみたのだそうです。

 ところが、案に相違して、ほぼ100%の確率で、明確な答えが戻ってきたのだそうです。その答えの詳細までは覚えていませんが、例えば、手が動かせない人だと、「娘とケンカして、思わずなぐってしまってから、右手を動かせなくなった・・・」といった感じです。

 原因ってけっこう自分でわかっているんですね。そこで治すのが安上がりかもしれません。

 病気や人間の身体を単に物理的現象としてとらえるのではなく、それぞれの意味や人間性を把握しようとしたクライトン氏はその作品を通じて広く、人間の自己治癒能力を伸ばそうとした、広い意味での、偉大なお医者さんだったと思います。

 なぜなら、氏の作品を大きく言えば、「何らかの新しい現象が生じる(恐竜の出現とか)→主人公がそれに気づく→その現象を正しく把握し、対処法を考えて対処する」というパターンが見られるからです。

 また、その理解と対処法には主人公(つまりクライトン氏)の深い学識が、前提となっており、そこらへんがまぐれなどで解決する単なるサスペンス小説と異なるところです。

 どんな現象(や病気)でも、客観的に分析し、勇気をもって対処することで解決しよう!というエールを小説を通して送ってくれていると思えます。クライトン先生の処方した薬(=小説)を是非飲んでみましょう!