「殺人同盟?  懐かしい殺人」を読みました。

   ロバート・L・フィッシュ  菊池光 訳  ハヤカワ・ミステリ文庫

 
 『探偵小説』や『推理小説』・・・虫はこの分野をこよなく愛しているが、最近、古典的なこの分野の小説は書かれないのが現状である・・・。ハードボイルドやら社会派やらのは見かけるが。
 この間、日本“推理小説”もどきを読んでいて、死体がずっとあったのに、「トラウマ」から見えなかった(しかもかなりたくさんの人物が)というのが、トリックなのには、驚いた。第一に、フェアではないし、小説の展開として、あまりにもご都合主義である。
 「新聞に悲観的なネタばかり書いて、自殺に追い込む」というこの小説に出てくる話ぐらい、非現実的である。
 犯人がちゃんといて、現実的な、少なくとも可能性のある殺人方法で、殺人を行う・・・。そして探偵役がそれを暴く。そんな当たり前の小説が読める幸せをしみじみとかみしめる今日この頃であった。おっと、新聞の「投書欄」みたいになってしまったが、これは、そんな当たり前のミステリを書いてきた作家の3人組が、本も売れずに金に困り、(殺人について書く)作家から、殺人を請け負う、殺し屋に転向する話である。

 殺しを請け負いますと広告をうち、一件千ポンド(+経費)で引き受ける。3人が代わる代わる実行役を引き受けて、10件め(つまり1万ポンド)に達した時、エレベーター係が無実の罪に問われてしまった。3人は、慎重に案件を選んで、死んで当然と思われる価値のないやつを被害者に選んできたし、全て事故死または自殺に見せかけることに成功していた。(しかし、新聞読みながら発作的に包丁でのどをかっきって自殺するのはいくらなんでも不自然では・・・?)実行役のシンプスンは自供し、カラザスとブリッグスは最高の刑事弁護士をつけることにする。

 さて、最高の刑事弁護士、パーシヴァル・ビュー卿は、3人が出した新聞広告と、連続する不審死の記事を読み、その比類ない頭脳で何が起こったのかを推理していた。そして、シンプソンを自由にするが、その報酬として1万ポンド請求する。(この点も読みがあたったのである)

 3人組はまた貧乏に逆戻りである・・・。

 それにしても、イギリスはまだ「大英帝国」だし、アメリカのNY出身の女性を「植民地から来た」と形容するのはちょっと笑ってしまう。

 この本自体は正統的な推理小説とはいえないが、正統的推理小説への讃歌である点は間違いない。