「こびと殺人事件」を読み返しました。

          クレイグ・ライス 山田順子訳 創元推理文庫

 「カジノ」の持ち主になったジェイク・ジャスタス(「カジノ」の持ち主になった経緯は、「大はずれ殺人事件」「大当たり殺人事件」に詳しい)は、ショーの呼び物として「偉大なるこびと」J・オットーを雇った。しかし、1回の公演が終わった後、楽屋で死体となっていた。
 契約の条項の交渉に行った、ジェイクと妻のヘレン(結婚した経緯は、「大はずれ殺人事件」「大当たり殺人事件」に詳しい)弁護士のジョン・J・マローンとともに死体を発見する。
 ジェイクはマックス・フック(アル・カポネを思わせる特定の職業の方である)に金を借りてカジノの改装をしたばかりだった。
 死体なんか発見されたらそれがパァになってしまう・・・。
 そこで、こびとの死体を隠すことにする。たまたまあったコントラバスの楽器ケースに。

 ジェイクとヘレン・ジャスタス夫妻、そしてマローン刑事弁護士の3人組は、大好きな旧友のように思える。赤毛の(元)プレス・エージェントのジェイク、大金持ちの跡取り娘で車の運転が上手いヘレン、お酒と女が大好きなアイルランド人マローン。
 それにしても、この人たち(そして登場人物も)本当によく飲むなぁ・・・。ライ・ウィスキーにチェイサー代わりにビールというのが定番である。チェイサーというのは、日本のように水割りというのは一般的ではなく、ウィスキーと水を別々にもってきてもらって、水とウィスキーを交互にちびちびと飲むらしい。水割りは薄まるので嫌がるそうである。
 そして気付けがわりに、クィッとあおって、ヘレンなんかあんな運転をするんだから恐ろしい。いやー、ヘレンの運転する車にだけは、絶対乗りたくない。虫なんか、ジェットコースターも苦手なので、その場でゆっくり回転をはじめる車に乗るのはもっとダメである。

 この作品で心に残ったところは、マローンがかつての大スター、ルース・ロールソンを家に送った後の場面である。

 うん、そういうことか、とマローンは思った。通りにでると、四月の雪はやみかけていて、ときどき雪ひらがふわふわと舞い落ちてくるぐらいになっていた。
 歩道に立ち、マローンは曇った空を見あげ、ひとりの男がどれほどちがった種類のばかになれるかについて、天に嘆いた。過去においてもいろいろな種類のばかになれたし、未来においてもきっとそうだろう。
 しかし、それでもなお、その価値はある。
 マローンはゆっくりとラッシュ・ストリートを歩き、これまで自分のしでかした、いくつものあやまちを楽しく思い出しながら、北へ向かった。そう、ほどよい幸運のおかげで、彼の人生は十分に長く、まだまだあやまちをつめこめる余裕はある。まちがいなく、あといくつかつめこむ余裕がある。

 シカゴ市殺人課警部フォン・フラナガンは、おまわりなんかになりたくなかった。たまたまなってしまい、とても後悔している。というのも、世の中の犯人は、フォン・フラナガンを困らせるために、人殺しなんかしやがるし、もっとややこしくするために、証拠やら、死体やらを隠すからである。もちろんそれもこれも、フォン・フラナガンに対する個人的嫌がらせに決まっている。
 そこで、フォン・フラナガンは様々な職業に転職を考えるが、今回はなんと、手品師である!
 普通に考えて、公務員のほうが、恩給がつくし、安定してるんじゃないかなーと思うけど・・・。

 ジェイクとヘレンも相変わらずの熱々ぶりである。どうして私と結婚したの?というヘレンの質問に、間髪入れずに「もちろんお金のためだよ。」と答えるほど仲が良い。妻を養うという点について古風な考えを持っているくせに。
 そして、今でも、ほんのちょっと別れるのに、「いつまでも彼女を想って立ち尽くす」ジェイクであった。

 そして、このシリーズのもう一つの魅力は、第二次大戦前〜中(出版は1942)のシカゴの町そのものである。このシリーズでは、本の大部分において、バーやキャバレーのはしごをすることになる。(か、住んでいるホテルか)この時代の生き生きとした音楽(聞く機会があったが、本当に魅力的である)、禁酒法、ギャング、レビュー、踊り子たち、金欠(つい使いすぎる・・・)、賭博、衣装は「アンタッチャブル」や「逃亡者」を思い出せばよい。タイム・トラベルが可能なら、1930年代のシカゴを逃す手はない!!
 クレイグ・ライスの本が全然古さを感じさせないのは、この時代のアメリカ・シカゴの尽きない魅力によるのではなかろうか。
 
 そりゃ、大当たりや、おおはずれほどではない。何作も読んでいると、似た設定とか、似ている(名前が違うだけ)登場人物には、気づく。

 でも、全然かまわない!だって面白いんだもん。「ユーモア」なんて表紙に書いてあるくせにこれより全然面白くないミステリをいくらでもあげられる。水準が違うんである。飛びぬけて面白いのだ。